民事2(民法)

第1 設問1
1. 本件売買契約の目的物について
(1)売買契約(民法(以下、略す。)555条は、売買の申込と承諾という意思の合致により成立する諾成契約であるから、その目的物の特定も、単に当事者の意思表示のみを基準とするのでなく、具体的に当事者の意思内容を検討の上、判断すべきである。
(2)本問では、X社もA社も、PS112を売買の目的物としていることは明らかである。
2. 注文書の表示の誤記と錯誤について
(1)本問で、注文書及び注文請書において、売買の目的物はPS122と記載されている。
   注文書等は証拠にすぎず、これにより直ちにその内容通りの意思表示があったと考えることはできない。もっとも、本問においては、X社の担当者とA社の担当者は、PS112の売買契約の話を勧めていたものの、権限のある上司の決済を得た後の意思表示としては、上記注文書と注文請書によっているのであるから、X社とA社の意思表示はその書面に記載されたPS122の売買の申込と承諾であるといえそうである。
   このように考えると、X社とA社の意思表示は、それぞれ表示に錯誤(95条)があるとも思える。
(2)しかし、X社とA社は、終始PS112の売買について協議を重ねており、いずれもその意思内容としては、PS112を売買契約の目的物としていたことは明らかである。
   そして、このような場合にまで、当事者の内心的効果意思と表示に齟齬があるとして錯誤無効の主張を認める必要は全くない。
   とすれば、このような場合には、表示されたPS122は、当事者間においてはPS112を示すものと解釈すれば足り、錯誤を問題とする必要はない。
(3)よって、本件売買契約はPS112を目的物として成立したものであり、錯誤はない。
第2 設問2
1. 小問(1)について
(1)即時取得の要件事実
   即時取得(192条)が成立するには、条文上は、ァ取引行為、ィ平穏かつ公然と、ゥ占有を始め、ェ善意で、ォ無過失であることが必要であるとされている。
   しかし、このうち、ィェは、ゥを主張することにより、186条1項で暫定真実とされ、ォは、前主の占有が188条により適法なものと推定されることにより、推定されるといえる。
   よって、即時取得を主張するものが主張すべき事実は、ァ取引行為と、ゥこれにより占有を始めたことの二つである。
(2)?の事実について
   この事実は、上記ゥを主張するものであるから、Y社は、これを主張立証する必要がある。
(3)?の事実について
   この事実は、上記ァゥいずれの事実でもないから、これを主張する必要はない。なお、代金の弁済は売買契約の有効性を基礎づけるものでもないので、これを主張立証しても、Y社の無過失を基礎づける事情ともいえないので、その意味でもまったく主張不要なものである。
2. 小問(2)について
(1)?の事実について
   この事実は、Y社の過失を基礎づけるものではなく、むしろ、Y社の過失評価障害事実になる。
   なぜなら、相手方の占有の取得原因について知っていたとしても、一般に、それが正当に行われたかどうかを確認すべきであるとまでいえないからである。
   しかも、本件においては、X社は、機械を製造販売する会社であるからA社がX社から目的物を購入することは自然であり、むしろ、A社が正当に甲を取得したものと考えるのが普通だからである。
(2)?の事実について
   この事実については、一般には、買主であるY社の過失を基礎づける事実となりうる。
   すなわち、売買契約は申し込みと承諾の意思表示により成立するので、売主が前主に売買代金の支払いをしたか否かは、原則として買主の過失評価事実とはならない。もっとも、本件のように、目的物が1000万円近くする高額な売買においては、売主が同時履行の抗弁権(533条)を放棄して目的物を引き渡す場合、所有権留保の特約が付いていることが多いといえるから、この事実を知る買主の過失を基礎づける事実となりうる。
   しかし、即時取得は、前主の占有を信頼した者を保護する制度であるから、買主の善意無過失は占有移転の時を基準とすべきである。
本件では、Y社が、約束手形で残代金が支払われることを知ったのは、平成20年2月20日であり、甲がY社に引き渡されたのは、同年2月15日であるから、?の事実を過失の判断資料とすることはできない。
よって、?の事実はY社の過失の有無の判断にいかなる影響も与えない。
第3 設問3
1. 法的根拠
(1)かかる請求の法的根拠としては、Y社の占有は不法占有であることを理由とする不法行為に基づく損害賠償請求(709条)として、使用料相当額の支払請求を行うことが考えられる。この方が、Y社が、甲の占有によりX社の所有権に基づく使用収益を害していることつき善意であるが過失があったような場合に、不当利得(703条、704条、189条1項、190条1項)によるより有利だからである。
(2)そして、不法行為に基づく損害賠償請求が認められるためには、故意又は過失による行為により、権利又は法律上保護された利益が侵害され、損害が生じ、故意過失による行為と損害の間に因果関係があることが必要である。
 本問では、即時取得が成立しなければ、Y社はX社が甲につき所有権を有していることにつき「過失」があり、この行為により甲の使用収益という「権利」「利益」を「侵害」され、これにより、使用料相当額の「損害」を受けたといえるから、709条の要件を満たす。
(3)よって、X社は、Y社に対し、不法行為を法的根拠として甲使用料相当分の請求ができる。
2. いつからの請求ができるか
(1)請求ができるのは、平成21年5月2日である。
(2)なぜなら、AX間の契約において、甲の所有権はXに留保されているものの、甲の使用収益についてはAへの引渡しとして放棄されており、契約の解除があるまでは、損害があるとはいえないからである。
また、契約解除が遡及効を有するとしても、それは法的擬制にすぎず、契約解除前についてのY社の使用収益には過失がなく、不法行為が成立するものとはいえないからである。
(3)よって、X社がY社に甲の使用料相当額を請求できるのは、X社のA社への解除の意思表示がA社に到達した平成20年5月2日からである。