民事1(民訴)

第1 設問1について
1. 証拠調べなく判決の基礎とできる場合について
(1)民事訴訟においては、私的自治の訴訟法的反映の観点から、訴訟資料の収集と提出は当事者の責任と権能とする建前である弁論主義が採用されている。
   そして、当事者の事実についての主張を真実として認めるのは、裁判所が証拠調べの結果を斟酌して、その自由な心象により決することとされる(民事訴訟法(民訴247条)。
   したがって、裁判所は、判決の基礎とすべき事実について証拠調べを行わねばならないのが原則である。
(2)もっとも、当事者が「自白」した事実については、当事者の意思を尊重し、禁反言の見地から、証明することを要しないとされる(179条)。
   ここに、「自白」とは、相手方の主張する相手方が主張立証責任を負う事実について認める旨の期日における弁論としての陳述を言う。
(3)本問では、建物買取請求の事実をXが主張しているところ、この事実は、その法律効果の発生を主張するYが立証責任を負う事実である(借地法4条2項参照)。
   すると、Xの主張は、相手方が立証責任を負うべき事実を主張するものであるが、Yは、その主張をしていないので、禁反言の趣旨は妥当しない。
   そこで、このXの主張は、先行自白として、Yが援用した場合に179条の「自白」として成立するというべきである。
   以上を前提に、設問を検討する。
2. 障ネ)の場合
(1)この場合、Yは、Xの主張する建物買取請求権の行使という事実につき、否認しているので、Xの先行自白は「自白」として成立しない。
   また、Yが明確に否認している以上、「口頭弁論の全趣旨」(247条)による認定も困難である。
(2)よって、この場合には、裁判所は、証拠調べを行わねば当該事実を判決の基礎にできない。
3.障ノ)の場合
(1)この場合、Xの先行自白は、「自白」として成立する。
(2)よって、179条により当該事実は不要証となるから、裁判所は、証拠調べすることなく当該事実を判決の基礎にできる。
4.障ハ)の場合
(1)Yが、裁判所の釈明にもかかわらず、争うことを明らかにしない場合、YはXの主張を認めておらず「自白」は成立しないとも思える。
(2)しかし、当事者が争うことを明らかにしない事実は、「自白」したものとみなされる(159条1項本文)。これは、当事者意思の尊重に基づく弁論主義の下では、判決のため当事者の主張を明確にする必要があるし、態度を明らかにしない当事者はこのような不利益を受けてもやむを得ないからである。
   このような擬制自白の趣旨に照らすと、先行自白についても、争うことを明らかにしない以上は、これを認めたものとして「自白」が成立するというべきである。
   もっとも、擬制自白は、相手方が弁論の全趣旨により当該事実を争ったと認めるべき場合には成立しない(159条1項ただし書)。
(3)よって、この場合、Yが弁論の全趣旨により当該事実を争ったものと認めるべき事情がない限り、「自白」が成立し、裁判所は当該事実を証拠調べすることなく、判決の基礎にできる。
第2 設問2
1. 小問(1)について
(1)Y主張の論拠は、前訴において勝訴した当事者が同一の訴訟物について再度訴えを提起することは、訴え提起の必要性がないので、訴えの利益を欠くというものであると考えられる。
(2)すなわち、当事者には裁判を受ける権利があるといっても、裁判所は物理的時間的に有限であるので、訴えにより裁判所の判断を求めるには、訴えの必要性がなければならず、これのない訴えは本案判決に値しないので訴えの利益を欠くものとして不適法却下される。
   そして、前訴における勝訴当事者は、当該判決書を債務名義として強制執行することができるのであるから、時効中断等の必要がない限り、再度訴えを提起する必要はまったく無い。
(3)本問において、Xの提起した第1訴訟と第2訴訟は、訴訟物を同じくするものであり、Xは第1訴訟において勝訴している。また、時効中断が必要であるといった事情もない。
よって、第2訴訟は、訴えの利益を欠く。
3.小問(2)について
(1)まず、第1訴訟と第2訴訟の訴訟物は、土地明渡し請求権であり同一であるから、第2訴訟においては第1訴訟の既判力が作用する。
(2)アまた、既判力は、判決主文に包含される部分につき生じる(114条1項)。
    そして、第1訴訟の判決主文は、500万円の支払いを受けるのと引き換えに建物を退去して土地明け渡しをせよというものである。
    この「建物退去」の部分は、訴訟物ではないが、判決主文に明示されている以上、この部分についても既判力が生じる。
    よって、「建物収去」を求める部分については第1訴訟の既判力に抵触するので、この部分は棄却されるべきである。
  イ 仮に、「建物退去」の部分に既判力が生じないとしても、Xの主張は、第1訴訟の既判力の遮断効により遮断される。すなわち、建物買取請求権の行使が無効であったという事情は、第1訴訟の口頭弁論終結時以前の事情であるから、既判力により遮断される。
    すると、かかる主張を判決の基礎とできない以上、Xが第2訴訟で求める「建物収去」の部分は認定しえないので、この部分は棄却されるべきである。
4. 小問(3)について
(1)訴えの利益について
 Yは、Xが第1訴訟で勝訴しながら第2訴訟を提起することは訴えの利益を欠くという。
しかし、Xが第1訴訟で得た判決は、「500万円の支払いと引き換えに…土地を明け渡せ」という一部勝訴判決であり、Yの建物買取請求権の行使が認められた内容となっており、Xとしては実質敗訴である。
そうであれば、第2訴訟では何らの留保のない判決を求めているのであるから、訴えの必要という点において第1訴訟と同一であるとはいえない。
   よって、本問において、第1訴訟により第2訴訟が訴えの利益を欠くことになるとはいえない。
(2)既判力の主張について
  ア Yは、第1訴訟の「建物退去」の部分についても既判力が生じるという。
    しかし、114条1項が既判力の生じる範囲を判決主文に限定したのは、紛争解決としては当事者が明確に求めた範囲で拘束力を生じさせれば足りるし、その範囲を明確に限定することで当事者の訴訟活動をしやすくし、審理の柔軟を図ることができるからである。
    とすれば、「判決主文に包含されるもの」とは、当事者が審判を求めた訴訟物をいうと解すべきである。
    すると、第1訴訟における「建物退去」の部分は、土地明け渡しの手段ないし履行態様にすぎないので、訴訟物であるとはいえない。
    よって、この部分に既判力は生じないので、これと異なるYの主張は妥当でない。
  イ 次に、Yは、建物買取請求権の行使が無効であることは第1訴訟の既判力の遮断効により遮断されるとする。
    たしかに、かかる事情は、第1訴訟基準時前の事情であるから、Yの主張は理由があるとも思える。
    しかし、既判力の正当化根拠は十分な手続き保障に基づく自己責任という点にある。すると、当事者が単に当該事情を知らなかったため主張しなかった場合ではなく、具体的事情の下で当事者が当該事情を知りえず、また、相手方はかかる事情を知っていたという場合には、信義則に照らし(2条参照)、当該事情を主張しなかった当事者に自己責任を問うことは不公平な結果となる。
    そこで、かかる場合には、例外的に、かかる事情についての遮断効は生じないと解すべきである。
    本問においては、Aが本件賃貸借契約の解除の意思表示をしていたことを示す証拠である内容証明郵便は、Xの亡き兄Cの家族が保管していたのであり、現実的にみてXはかかる事情を知りえなかった。また、内容証明郵便で約2年前に解除の意思表示をされているYは、当然この事実を知っていたといえる。
    とすれば、Aが解除の意思表示をしていたから、Yの建物買取請求権行使は無効であるという事情は、例外的に、その主張は遮断されない。
    よって、Yの主張に理由はない。
以上