刑法第1問

一 乙の罪責
1.乙が、殺意を持って就寝中のXの頭部をゴルフクラブで数回殴打した行為に殺人罪(199条)が成立しないか。
(1) ゴルフクラブで頭部を殴打する行為は、人の生命侵害の危険を有する行為といえるから、殺人罪の実行行為といえる。
(2) しかし、乙の行為の後Xが死亡するまでの間には、甲・丙の行為が介在しているから、因果関係は認められないのではないか。
  思うに、刑法上の因果関係は、偶然の事情を帰責されることを防ぐものであるから、単なる条件関係では足りず、相当因果関係が要求される。
  そして、因果関係は構成要件の問題であり、構成要件は違法有責行為の類型であるから、相当性の判断は、行為時に一般人が認識しえた事情及び行為者が特に認識していた事情を基礎に、一般人の見地からみて当該行為から当該結果が生じることが相当といえるか否かで決すべきである。
   本問では、乙の行為時に同居している甲・丙がXを病院へ連れて行くことは一般人は予見可能であるが、その後に甲・丙がXを病院の前に置き去りにする行為や、丙がXを植え込みに隠す行為までは予見不可能である。
   よって、相当性の判断の基礎事情として考慮されるのは、乙の殴打行為と、その後に甲・丙がXを病院へ連れて行った行為である。
   しかし、ゴルフクラブで人体の急所である頭部を数回殴打した場合、その後に被害者が病院に運ばれたとしても、失血死するということは十分に考えられるのであるから、本問乙の行為からXの死の結果が発生したことは、相当であるといえる。
   よって、相当因果関係は認められる。
(3) よって、乙は殺人の罪責を負う。
二 甲の罪責
1.甲がXを車中から病院の前に移置した行為につき、保護責任者遺棄罪(218条)又は同致死罪(219条)が成立しないか。
 (1) Xは高齢であり重傷を負っているから「老年者」ないし「病者」にあたる。また、甲はXの子であるから、Xを「保護する責任のある者」にあたる。
 (2) また、車中から病院の前へXを移動させた行為は作為による移置であり、「遺棄」にあたる。
   なお、甲は、「死ぬことはないだろう」と考えているが、同罪は被害者の生命身体の安全を保護法益とする抽象的危険犯であるから、遺棄の事実を認識していた以上故意(38条1項)は阻却されない。
(3) では、死の結果についても甲は責任を負うか。
この点、丙が後にXを植え込みの陰に移動させることは一般人も予見しえないし甲も予見していないから、判断の基礎事情からは除外されるべきである。
しかし、重傷者を病院の前に放置すれば、治療が手遅れとなり死亡することは一般人の見地からいって相当であると認められる。
よって、甲は、死の結果についても責任を負う。
(4) 以上より、甲は、保護責任者遺棄致死罪の罪責を負う。
三 丙の罪責
1.丙が甲と共にXを病院の前へ運び放置した行為に単純遺棄罪(217条)の共同正犯(60条)が成立しないか。
(1) 思うに、身分の無い者も身分のある者と共同して法益を侵害することは可能であるから、65条の「共犯」には共同正犯も含まれる。
(2) そして、65条は、その文理から、1項は真正身分犯に加功した者の罪の成立と科刑を、2項は不真正身分犯に加功した者の罪の成立と科刑を規定したものである。
  保護責任者遺棄罪は保護責任者たる身分を有することにより重く処罰される不真正身分犯であるから、65条2項によって処理される。
(3) よって、丙は、単純遺棄罪の罪責を負い、その限度で甲と共同正犯となる。
2.次に、丙がXを植え込みの陰に移動させて放置した行為につき、殺人罪が成立しないか。不作為は、作為の形式で規定される犯罪の実行行為たりうるかが問題となる。
 (1) 思うに、不作為であっても法益侵害結果を惹起することは可能であるから、不作為も作為の形式で規定される犯罪の実行行為たりうる。
   もっとも、処罰範囲が広がりすぎるのを防ぐため、当該不作為が作為と構成要件的同価値性を有していなければならない。そして、構成要件的同価値性があるといえるためには、?作為義務があり、?作為が容易であることが必要であると解する。
 (2) この点、丙は、重傷を負ったXを自ら植え込みの陰に移動させ排他的支配下に置いたといえるから、?作為義務は認められる。また、丙がXを救護することは容易であったといえるので、?作為の容易性も認められる。
 (3) よって、丙は、殺人罪の罪責を負う。
3.以上より、丙は、単純遺棄、殺人の罪責を負い、両者は包括して一罪となる。
以上