法律の勉強について思うことをつれづれと

そろそろ勉強の気合を入れていきましょうか。
もともと勉強が嫌いだった。法律の勉強も別に好きじゃない。まったく法律の勉強せずに弁護士になれるなら遠慮なく「なります」と答えると思う。でも現実には(当たり前だが)法律の勉強をせずに弁護士には成れない。だから勉強する。
そうなってくると勉強はひどくつまらないものになってしまう。今は、勉強から少し距離を置いていたからか、勉強するのも悪くないなと思うので、少し未来の自分が勉強がつらすぎて涙目になったときのために今思うことを少し書き留めておこう。
僕は去年の僕とは大きく違う。それは、必死で勉強したからだろう。必死で何かをやるとき、ただ何となく時間が過ぎ去るってことはない。「なぜか齢を取るほど時の流れは加速する」と高校の担任の先生が言ってて、大学時代、僕はそれを痛感して、その理由を考えていた。結局、その時はしっくりいく答えは出なかったんだけど、いまはその理由を答えられる。
答えは「成長」だ。
高校時代まではずーっと勉強を強制されて、幅広い科目についての知識をどんどん吸収してた。その「新しい何か」を身に付ける日々は、ただ何となく過ぎ去ったりしない。一日一日が深い意味を持って自分の中に残る。でも大学は違う。大学の授業などほとんど出ずに、試験は一夜漬け。遊ぶ、遊ぶ、バイト、遊ぶ。そこに「成長」はない。ないことはないが少ない。成長のない日常は、あっという間に過ぎ去ってしまう。「楽しかったな。でも俺何してたんだろ、去年の自分と、いや4年前の自分と何も変わってないじゃないか。」
勉強することは「成長」に繋がる。一日一日を意味あるものにしてくれる。本当は勉強じゃなくて何でもいいんだけど(英会話、泳ぐ、走る、歌う、描く、字を綺麗に書くetc...)、全部一気に「成長」させることはできないから、いまはとりあえず自分の「成長」と法律の勉強をリンクしてみる。
そうすると、法律の勉強も、より理想的な自分、こうありたい自分に近づくためにしているような気がして、悪くないなとか思う。かもしれない。